MFG的SS「虚空の蒼玉」
第34話<ぱうだぁ>

洞窟の中にはランプの火がともり、薄暗いが多少とも生活感のあるものだった。
時折したたりおちる冷たい水が、ひた、と足音のように響く。
『ウレラガ主、奥ニ。粗相ノナキコトヲ』
ゾンビはそこで案内をやめ、奥にすすむことを促した。
6人は武器を構えるのをやめた。だが警戒心だけは僅かでも残していた。

「こやつらは誰とぞ?」
洞窟の奥から、しわがれた老人の声が聞こえた。
『アナタ様ニ面会ヲ求ム者デアリマス。敵意無シトミタリテ案内シタリ』
すると、洞窟の奥がぽうっと明るくなった。
そこに座っていたのは、ぼろぼろのローブに身を包んだ老人だった。
左手にはランプがあるーアルテア達を客と認めたようだ
「儂に用とは何ぞ。それとも、政府の手の者か?」
老人は顔を上げて言った。
右眼には痛々しく、なにかに抉られたような跡があった。
「・・政府のものではない、といえば嘘になりますが・・あなたがこのゾンビ達を創り出したのですか?」
最初に尋ねたのはシェインだった。
「いかにも・・・儂は“生前”裏の魔道に触れた者じゃ。彼らを創り出すのは造作もない・・この老いぼれを慕ってくれるいい友よ」
老人は自虐的に嗤った。
「そこで、ひとつ伺いたいのですが・・ゾンビ達を守りにつかってまで、あなたが叶えたいと思っている願いとは一体・・・」
「・・孫じゃ」
「孫・・・!?」
予想外の答えに一同は唖然とした。
老人は尚も語る。

「何年も前の話じゃよ・・この森の中で、儂は孫娘と山菜をとりにきておった・・。じゃが運悪く魔物にみつかってしまった・・・・儂らは襲われて、孫は目の前で食われてしもうた・・・儂は絶えかけた命を、自分の術を使って仮の肉体につなぎとめ、こうして生き永らえておる」
老人は立ち上がった。
ローブの裾から見えた老人の足には・・・魔物の蹄がみえた。
「魂を蘇らせるのは難しくはない・・じゃが儂は、なんとしてでももう一度、儂の孫の顔が見たかった・・」
「・・・・・まさか・・」
人体蘇生である。
数ある禁術の中でも、最も罪深い術とされている高度な闇魔法。
「彼らは・・こういうのも嫌なのだが、失敗作なのじゃよ・・・何度試そうとも、何度呼び戻そうとも、不完全な魂のみが蘇ってしまう。・・いつか、完全に取り戻すまで・・儂は生き続けるつもりじゃ」
老人は見えない天を仰いだ。
何年も経った今でも身内の死を受け入れられない、哀れな老人の姿だった。
 

「・・その為だけに、生きておられるのですか?」
アルテアが言った。
老人は、あぁ、と溜息のように答えた。
「あなたのお孫さんは亡くなられたのです。あの時、あなたが生きることを決めたことで別れ別れになってしまった・・・そうとは思いませんか?」
老人は顔を上げた。
「なんと・・・・」

「生きてるモンはいつかは死ぬ。それを認めなきゃいけない」
「きっとお孫さんは、空の上であなたを待っていますよ」
「人間、神じゃないんやからさ。へたに真似事せんほうがええで?」

「あぁ・・・!」

老人は顔を手で覆った。
その手が震えている。
『・・・主・・』
ふいに、控えていたゾンビも問い掛けた。
『我ノ身内・・同ジク空ニイタリ。我消エルコト惜シマズ、モシ逝くナレバ共ニ』
骨のみえる朽ちた手を、老人の肩におく。
「儂は・・儂は・・・・・おまえ達、すまなかった・・・!」
洞窟の中に、黄金色の光が満ちていく。
「儂は・・もしかすると孫のところにはいかれぬかもしれんな・・」
『ソンナコトハナイ』
『イケル』
『イケル』
『キットアエル』
辺りにいたゾンビ達が口々に言った。
光景こそ不気味であったが、叫ぶ彼らの表情はどこか微笑んでいるようにも見えた。

光に包まれて、老人とゾンビ達は消えていった。

「説得・・・できましたね」
「ちょっと予想外だったかも・・・」
「早いとこ我々も出よう。陽が落ちれば危険が伴う」
道案内おねがいね、とアルテアがアルテミスに言った。
「よっしゃー!ばっちり案内してやるからよ!おめーら迷わずついてきな!」
 

その日以来、森にゾンビが出たという話はなくなったという。

 

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